なにげない言葉の効果

何気ない言葉の一つで、時には人の命を救うこともできることが分かる話です。 

灰谷伸也さん(仮名)が通勤で毎日使っている駅に差し掛かると、すでに夜の10時を回っていました。残業で帰りが遅くなることはいつものことですので、彼にとってはやや早めの帰宅でした。 

ホームをはさむと反対方向に向かう電車の到着を待つ人がいますが、住宅地の駅には夜になってから電車に乗ろうという人は少なく、ほとんど人はいません。降りる人もそれほど多くはないため、人影はまばらでした。 

そんな時、見慣れた後ろ姿が伸也さんの目に飛び込んできました。実家を離れて青森で働いているはずの息子の姿でした。とっさに、彼は声をかけました。 

振り向いた顔を見ると、息子と同じぐらいの年齢に見えるものの、別人でした。苦笑しながら非礼を詫びる伸也さんのことを、若者は不思議そうな目で見ていました。戸惑ったような表情を浮かべる彼を残し、伸也さんは冬の夜風が吹くホームを後にしました。

ただの人違いだと恥ずかしくなりながらも、久しぶりに息子のことを思い出し、元気にしているか気になったものの、その出来事はそれで終わるはずでした。しかし、すでに季節もすっかり変わった頃になって、伸也さんは人違いをした男性から声をかけられることになりました。 

冬に見かけたときにはヨレヨレの服装で無気力そうに見えた若者でしたが、この時にはスーツを着ていました。彼も仕事帰りということです。あの夜、彼は電車を待っていましたが、それは駅を通過する急行電車だったということです。飛び込むことを考えていたものの、声をかけられて自分の父親のことを思いだし、思いとどまることができたそうです。 

結果、彼は生きていくことを決意し、新しい会社に就職して頑張っているそうです。伸也さんの目から見ても、仕事帰りながらも充実感を見て取ることができ、今後は大丈夫だと思えました。