その男の名は

その男は店を経営していた。

その店はつぶれてしまった。

それで男は測量技師になったが、それにも失敗した。

彼は自分の測量器具を処分して借金を整理しなければならなかった。

次に選んだ職業は兵隊だった。

インディアンと戦う軍隊に入隊した。

そこでは隊長の地位をもらった。

ところが、軍人としての成績があまりにもひどかったので、たちまち兵卒に降格させられ、除隊させられてしまった。

また、ある遺伝疾患にもかかっていて、異様な顔立ちになってしまっていた。

その後、彼は熱烈な恋をし、婚約した。

だが相手の女性はまもなく死んでしまった。

またもや彼は、精神的打撃の中でのた打ち回らなければならなかった。

次に弁護士になった。

だが、弁護士としての活躍ぶりも大したものではなかった。

そこで彼は、政治の世界へ進むことにした。

が、立候補しては落選した…

しかし何度目かの挑戦で、やっと当選した。

そして最後に、この男は大統領になった。

これは思いがけないことだったのだろうか。

ある意味ではそうだし、あるいはそうでないともいえる。

もし彼が、鎖を引きずっている囚人のように失敗や失望を自分の心に引きずっていたら、大統領にまでなれなかったかもしれない。

過去の失敗を引きずって生きている人は多い。

そういう人々は過去という亡霊にとらわれている囚人であって、失敗者というイメージを壊すことができないのだ。

その男は、失敗をきっちりと捨て、忘れていった。

だからその男の成功は、奇跡でもまぐれでもなかったのだ。

これはどんな人間にも許される特権である。

大統領になった男は、その特権を活用しただけのことだ。

もしその特権を活用しなかったなら、歴史に残るあの偉業を成し遂げることはできなかっただろう。

もうおわかりだろうか。

彼の名はエイブラハム・リンカーンである。