今年はこんなお話からスタートさせていただきたいと思います。
今年もよろしくお願い致します。
幕末の頃、越後に住んでいた良寛和尚のお話をひとつ。
~雨具を持っていたか~
良寛和尚が、田植え時分にわたしの家で宿泊された時のことである。
その頃、智海という狂僧がいた。うぬぼれが高じて気が変になり、
「衆生を救うために、おれが新しい一宗を開いてやる」
などと、たいそうなことを言っていた。自分をいにしえの高僧になぞらえ、今の僧達を赤子のように見下し、人々から尊敬されている良寛和尚のことを妬(ねた)んでいた。
ある日のこと。その智海が田植えをしていたと見えて、泥まみれになってわたしの家にやって来た。
ひどく酔っていた。
ちょうど和尚もおられ、智海は和尚を見るや、日頃の妬み恨みが爆発した。
一言も口をきかず、田植えで濡れた帯で、いきなり和尚を叩こうとした。
不意打ちだった。
和尚は何のことだかわけが分からない。しかし、身を避けようともしない。
傍で見ていた人が、驚いて智海を止めに入り、和尚を別室に連れて行き、智海を追い返した。
その場はそれで収まったが、日暮れになって、雨が激しく降り出した。家を出ようとして雨を見た和尚は、
「あの坊主は雨具を持っていたか」
と、穏やかに家の者に尋ね、よけいなことは何も言われなかった。