双子の息子をもった父親の話だ。
ひとりはなんでも明るく考える子で、もうひとりはなんでも暗く考える子だった。
双子の誕生日に、父親は、ふたりが学校に行っているあいだに、プレゼントを用意した。
暗く考える子の部屋にはおもちゃやゲームをどっさり置き、
明るく考える子の部屋には馬のウンチをばらまいたんだ。
夜、父親が暗く考える子の部屋の前を通ると、新品のおもちゃを前にしてその子が泣いていた。
「どうして泣いているの?」と父親は聞いた。
この子はこう答えた。
「だって、友だちがうらやましがるもん。それに、こんなにおもちゃがあると、
たくさんの説明書を読まなきゃいけないし、いつも電池の心配をしてなきゃいけないし、
いつこわれるかわからないし、大変だよ」。
明るく考える子の部屋の前を通ったら、その子のほうは馬のウンチの山のあいだでうれしそうに踊っていた。
「なにがそんなにうれしいの?」と父親は聞いた。
明るく考える子はこう答えた。
「きっとこの部屋のどこかにかわいい子馬がいるんだよ!」
人の受け取り方はさまざまだ。
同じことが起きても、それを明るく受け取る人もいれば、暗く考える人もいる。
骨折しても、「この程度で済んでよかった」、
病気で入院しても、「この病気が自分を気づかせてくれた」と、感謝する人もいる。
明るく考えるか、暗く考えるか、という心的態度は、習慣であり、普段からのクセだ。
すべての現象は自分の受け取り方しだい。
もともと、この世に起こるできごとに、いいも悪いもないからだ。
「人生でいちばん大事なこと」
どんなひどい状態になっても、そこに楽しいことを見つけ、いつもワクワクするような夢をみていたい。